京都の代表的散策路・東山の「哲学の道」


春の桜のシーズンに京都・東山の「哲学の道」を歩いてきました。「哲学の道」の由来や西田幾多郎について語ってみたいと思います。

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京都東山の「哲学の道」を散策する

先般、ちょうど春の桜のシーズンに京都・東山の銀閣寺、そして「哲学の道」を歩いてきました。其処は東山の代表的な景観を誇る哲学の道ですが、四季を通じて心が洗われるような素敵なところですが特に、春になると哲学の道に沿うように凡そ2キロメートルに亘って植えられている桜は見事の一語でした。

哲学の道の魅力的なところは、何時の時期にも散策に適しているように良く良く整備されていて、遊歩道を彩るのは春には桜、秋には楓の紅葉が見事なのであります。

他に梅や桃、其れに椿や南天などなど、川べりには幾多の植物や野鳥、昆虫などを観察することが出来るのです。

銀閣寺から南禅寺方向へ到る(実際の哲学の道は銀閣寺から熊野若王子神社までといわれます)、凡そ2kmにわたって植えられている桜を愛でながら、周辺には所々にカフェ店や美味しい甘味所もあって、お休みにも最適な所も多くありました。

我らが訪れたのは、道のほぼ中間地点にある甘味処で「よーじやカフェ 」という素敵なところがあって、落ち着いた雰囲気のあるお店で庭園を眺めながら抹茶の甘味デザートを嗜むことができました。

尚、よーじやカフェは京都市内でも祇園や三条、嵐山にも支店があるらしいですし、何れも評判の良いところです。

「哲学の道」という偉そうな名前は?

ところで「哲学の道」というチョット偉そな名前は何か縁(ゆかり)がありそうな名ではありますね。元々は此の哲学の道を流れる小川は、明治の中期頃に琵琶湖疏水(琵琶湖から京都に水を弾くために開発された水路で、蹴上や南禅寺当たりを流れている)が完成し、其の時に出来上がったもので、併せて通路も整備されたものとされています。

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完成してからは余りに風情が良いことから、其の頃から周りには多くの文化人達が住むようになり、散歩コースとしても「文人の道」とも称されるようになったといいます。其の中に、京都大学の有名な哲学者・西田幾多郎や田辺元らが時折、物思いにふけりながら通っていたことから、何時しか哲学の小径、哲学の道と云われるようになったと言われます。

「哲学の道」と西田幾多郎

哲学の道は以前は、「散歩の道」、とか「思案の道」、それにその物の道である「疏水の道」などと呼ばれたようですが、その後は開発のために一時は閉鎖を考えられたが、昭和の時代に地域住民達が保護・保存の運動を進めるに際し、其の時に正式に名前をつけることになった結果「哲学の道」と決まったという。

今では、京都の名所としてすっかり定着し、その名前で親しまれるようになったとされています。因みに、道の中ほどの法然院近くに、西田幾多郎が詠んだ歌詞が残されていて、

「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」

の石碑が建てられています。
ところで、西田幾多郎といえば哲学書・「善の研究」でも知られていますが、当時は四高(現在の金沢大学)の教授をへて京都帝大教授となっていたのでした。

京大の英才教授とも言われていて、明治44年に純粋経験をキーワードにした「善の研究」を刊行しています。主な内容は場所の論理とか、行為的直観とか、絶対矛盾的自己同一などの、チョット難しそうな考えや行動を判りやすく解説した哲学書で、今でも若者たちには読まれているようですが、当時の若者がこぞって読み漁った本とも言われています。

この概念的な思考を「西田哲学」とも言われて独自の体系を築いたとされております。

まとめ

「哲学の道」は京都大学の哲学者・西田幾多郎や田辺元らが好んで散策したことから、この名前で呼ばれるようになりました。「日本の道100選」の1つにも選定されています。

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