ひな祭りの歴史的意義と結婚との関連性


三月の節句であるひな祭りとひな飾り、ひな祭りと結婚の関連性について書きたいと思います。

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娘が二人いたため、おひな様を嫁ぎ先に持たせることができなかった

先ず、私事になりますが、30数年以上経った今でも3月のひな祭りの時期になると、納戸の奥から引っ張り出して七段の飾りのおひな様をお飾りしております。

本来なら娘がお嫁に行く時は此等のお人形さん達も一緒に嫁ぎ先へ持ってゆくのですが、我家はたまたま二人の女の子が続いて生まれたので、娘達に気を使ってそのまま置いておいたのです。

30数年たったおひな様は、さすがにお召し物などの艶こそ失くなったが、真っ白いお顔や表情などは全く変わらず、お元気でいらっしゃいます。

普段は納戸の奥の方に大切にしまってありますが、お人形さんに言わせれば1年の殆どは薄暗い部屋に閉じ込められている感じで、余り嬉しい気持ちではないでしょう。

それでも、年に一度は日の目を見る思いと、尚、大切に保存するためにもこの時期になりますと数日間に亘りお日様と(陰干し)程よい風に当てているのです。

勿論この期間が過ぎたなら再びお蔵入りになりますが、此の時には防腐剤などを新たにして、保存に勤めているのです。

ひな祭りのひな飾りと歴史的意義

ところで、おひな祭りの始まりは平安時代には既に貴族の子供たち遊び道具、遊びごととして行われていたとする記録があるそうです。

そんな中で紙で作ったお人形を暫く遊んだ後のなって川へ流すという「流し雛」も此の頃から始まったとされているようです。

そして、本格的なお祭りになったのは江戸期の頃とされ、女の子のお人形遊びと節句の儀式とが結びついて現在の形になったとも言われています。

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その後は、全国的に此の風習が更に広まり、3月の節句のお祓にはひな祭りを行うようになり、此の頃から本格的に人形飾りが行われるようになったとされています。

勿論、ひな祭りやひな人形を飾るのは、女の子の健やかさと無事なる成長を祈る為の節句における風習、年中行事のことで、ひな飾りに関しては平安時代の内裏(宮中)での親王と親王妃の結婚式を表しているという見方もあるようです。

其のためにか宮中に仕える三人官女や音曲を奏でる五人囃子、其れに御大臣である随身や衛氏や従者とお嫁いりの各種の道具も揃えているのですね。

ひな祭りと結婚の関連性

男性や女性というのは人生において其々の儀式を行いますが、其れは社会の求めるの生き方としての反映を示すものだとされています。

例えば、結婚式などで指輪を男性から贈られますが、勿論本来の意味で指輪というのは丸く夫婦円満や末永い幸せを約束するものであり、指輪自体に昔から霊力が備わり、魔除けの力があると考えられていました。

そして、俗説として女性が子宝に恵まれるようにという意味も込められるとしています。

ところで、ひな祭りが今の形になったのは武士が世を担ってからとされていて、人形飾りを仕舞い遅れると嫁にいけないという説があります。人形を早く仕舞わないと嫁に行くのが遅れるという説は、実は昭和の初めころに生まれたらしいのです。

其れに、女の幸せは結婚と出産とも言われていますが、お祝いの席では何故かお吸い物はシジミやアサリではなくハマグリになっています。ハマグリは二枚貝の代表でもあり、夫婦円満を象徴するとされているからなんですね。
女性というのは社会にとっては最も大切な存在でもあり、その為に幸せな結婚と出産を願うもので、結婚式やひな祭りには、安産や子作りを連想する物事が多いのです。

まとめ

ひな祭りに携わる話を致しました。「人形を早く仕舞わないと嫁に行くのが遅れる」などという説がありますが現代の忙しい生活の中で昔の風習を守り続けるのも難しくなってきました。

おひな様を出すのが大変、あるいは飾るスペースがないなど、現代においてはおひな様さえ住みづらい世の中になっているようです。

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